坂路の家

東京都
2022
丘の上に向かった坂道の中ほどにある約100坪の敷地に、中庭を持つコートハウス住宅を計画した。丘に向かう中腹であることから敷地内にも前面から後部に向かって2メートルほどの高低差があり、その敷地の形状に合わせて南北分棟のスキップフロア形式を採用した。このコートハウスは、外から直接内部を覗き込むことができないように計画されており、プライバシーが守られ落ち着いた庭を鑑賞できるように各居室の配置を定めている。庭に十分な採光を確保できることから、南面に面したファサードは、敢えて開口部を持たない閉じたデザインとし、均等割した縁甲板縦張りの押え縁がアクセントとなり、静謐で寡黙な印象を与える外観を目指した。

構造は、1階部分がRC造で2階が在来木造の混構造。RC部は地面を背負い基壇が隆起するように立ち上がり、その上部には手刻みによって組まれた在来木造の架構で構成されている。棟木には10メートルもの東北産松を釿(ちょうな)で名栗仕上げとし、空間の大きな要素となっている。中庭側の木製サッシは信州唐松を使用し、赤みのある木味が、特別に誂えた石器質タイルや左官のかき落とし仕上げと調和している。外構には、アンティークの市電敷石や相木石積みなどを配置し、植栽には常緑樹のイヌマキや松、中庭には落葉樹の紅葉を植え、各所から季節の移ろいを感じることができる。リビング・ダイニングは、中庭と連続するように高さを合わせて計画し、スキップフロアの特性により内部から見る南側の建屋は、高さを抑え平屋のように感じる造りとなっている。屋根は銅板一文字葺きで棟には二段熨斗の瓦を配し、端部は箕甲付きの入母屋造りとした。木造部分は、垂木と野地板を表しとして、間仕切り壁の高さを抑えることで、一つ一つの空間が連続しているように見せて随所から小屋の架構がはっきりわかるように心がけた。木部は針葉樹を中心に、東北産松や吉野杉、造作には肥松、屋久杉、栗など、南洋材も好んでインドローズやミャンマーチーク、マホガニーなどを使用している。また石材は、凝灰岩の大谷石や竜山石、硬質砂岩の諫早石、大理石の沖縄産勝連トラバーチンを使用し、随所にわたり国産の素材を中心に空間構成を試みている。

南北の2つの棟をつなぐ階段部は中庭側に開口部を持ち、蹴上を低く、また踏面をやや深めに計画し、シームレスに空間が連続しているような回遊動線を企図している。気が付けば階が切り替わっているように、中庭に対する視線の移ろいを慎重に定めているところがこの住宅の最も重要なところである。

約100坪の土地に対して、都市部に要求される耐火構造にならないよう、余裕を持った建築面積としたことで防火構造の建築物とし、比較的自由度を持たせて木部での外壁や軒裏、内部の天井仕上げができるように法的な整理をしたことが、意匠に大きく貢献していると言える。都市部における在来木造および木質化には、求められる耐火性能に対して応じてゆく必要がある。天然木を適材適所で使用するための法的な条件整理が極めて重要で、都市から離れた農村部では比較的容易な在来木造・木質化は、都市部では成立しないことがある。都市の街並みにただ耐火性能だけを求めた建築物のみが並ぶのは非常に寂しいものがある。都市における木造・木質化に対しての課題を設定し、解を導きたいと考えている。また、技を必要とする大工の存在も不可欠である。近年、プレカットや接合部の簡素化による合理化につき大工に求められる技量は、均質化し低下してきている。実際に木を刻む職人の個性を伸ばしてゆくこと、あるいはその機会を積極的につくること、木の技の素晴らしさを啓蒙することが現代の建築家には求められている。

榊田倫之