江之浦測候所

神奈川県
2017
急峻な箱根外輪山を背に相模湾に臨む小田原市江之浦。かつては蜜柑畑だったこの地に、杉本博司がファウンダーとして、古典演劇から現代演劇までの伝承・普及、古美術品等の保存・公開、現代美術の振興発展を目的とした「小田原文化財団」を創設した。財団のコンセプトを体現する場に建造された建築群が《江之浦測候所》である(2021年現在、拡張工事続行中)。

意識が芽生えた古代人が自らの存在を確認する場を天空との関係のなかから測ったことに倣い、「測候所」と名付けた。夏至光遥拝100メートルギャラリー、石舞台、光学硝子舞台、茶室「雨聴天」、明月門、待合棟などから構成された各施設は、太陽の動きや地軸の角度と連動して配置されている。

各施設には、日本の伝統的な建築様式や工法が取り入れられており、日本建築史を通観できる。使用された素材は、近隣から採掘された根府川石、小松石ほか、庭には、早川石丁場群跡から出土した江戸城の石垣用の石を景石として添え、随所に古代から近代までの建築遺構から収集された貴重な考古遺産が配されている。

《夏至光遥拝100メートルギャラリー》は東西に配置され、大谷石の壁面は展示室への直射日光を考慮し南側に配置されている。北側は無柱の上下2辺支持のガラスによって、野趣を帯びる森と原初的な構造物としての石積みを眺めるように開いている。大谷石の壁は、石丁場より掘り出した粗面をそのまま仕上げとし、建築の一部として空積みで構成されている。また、巨石や現場から出土した自然石を用いた野面積みの石垣は、その石肌の風合いを活かし、古代人が人力で積み上げたように面を一様にそろえている。

建築は当然のように現代の構築物だが、3次元CADの台頭やシステム化された合理的な工法による建築とは異なり、これらのディテールは現代においては非合理であり、少し遠回りをすることになるが、一様化する建築への反動として表現の可能性を試みたものでもある。さながら展示物のように北側に広がる風景は、建築と一体の空間となり、人工物と自然が空間を共有し、共生するように佇んでいる。

江之浦測候所の構想当初から計画されていた70メートルにわたる《冬至光遥拝隧道》。長さ6メートルのコールテン鋼をつないでは押し出す工程を繰り返し、海へとせり出した隧道を完成させた。東西に軸を置き、1年をかけた天空運動の終点であり、かつ起点でもある冬至には、この軸上の海面に日が昇り、朝日がまっすぐ隧道を貫くことになる。

海抜100メートルのこの地の眼下には、かつては急峻な海岸線を縫うように走行する鉄道のための、通称「眼鏡トンネル」があった(1972年廃線)。トンネル走行中にも乗客が車窓から海が見えるよういくつもの開口が設けられていたので、このように呼ばれていた。幼少期に、この眼鏡トンネルから見た海が、杉本博司にとっての原風景だという。隧道の枠がフレーミングした相模湾の光景は杉本の原点であり、《海景》シリーズのイメージとも重なる。

榊田倫之