ポイント・オブ・インフィニティ
サンフランシスコ
2023
無限遠点
アートとはつくるものというよりも選ばれるものである。このマルセル・デュシャンの考え方は近年の私の創作活動にますます重みを加えつつある。トレジャーアイランド計画への提案として、私は彫刻的な立体を創造するということよりも、何がこの場に与えられるべきかということを前提として考えはじめた。土地にはその場の記憶がある。この場ではかって万国博覧会が開かれ、1936年にはベイブリッジが完成した。さらに遡ると1906年の大地震、1848年のゴールドラッシュ、1769年のスペイン人入植。そして1万5000年ほど前のユーラシア大陸からの人類のアメリカ大陸への移住へと連なっていく。
私の仕事は人類の記憶を過去へと遡って、人間の意識発生の現場に立ち返る作業であると思い成してきた。その記憶の原初は曖昧模糊として永遠の闇に閉ざされている。そして人類のいく先も無限につづく未来へと連なっているかにもみえる。私はここに「無限」と「永遠」を示唆する曲面が与えられたとせよ、という命法を突きつけられたと感じた。天へ伸びる曲面が無限遠点で結ばれる、そのようなかたちは次のような三次関数の数式として表される。
𝑥 = cos 𝑢
cosh 𝑣
𝑦 = sin 𝑢
cosh 𝑣
𝑧 = 𝑣 − tanh 𝑣
( 0 ≤ 𝑢 < 2π , 0 ≤ 𝑣 < ∞)
無限という観念そのものも人間が考え出したものだ。果たして自然界に無限遠点が存在するのか。それは宇宙の果ての遥かな場に観念的に存在する、もしかしたらそれは人間の脳内だけに派生した幻影に過ぎないのかもしれないのだが。しかし人類は生まれてこのかた幻影を見つづけてきた。そしてそれをアートと呼んできたのだ。
現実の物質界に無限に達する点をつくることは不可能だ、点は位置を示唆するだけで質量をもたないからだ。私にできることは物質的に存在できる近似点、構造計算としては先端部が径21ミリメートル、高さ21メートルとなる構築物を数理模型としてつくることだ。この数理模型はサンフランシスコ湾の中央に位置する。この位置の地球上における緯度と経度から、春分、秋分時の正午の塔の影の先端部の位置が割り出される。その位置には巨石が置かれ、研ぎ出された石の平滑面には溝が縦に穿たれ、正確に正午の影の位置が観測される。地球の地軸は回転するコマのように微妙に振れている。5000年後にはその振れの振幅は最大となり1万年後には再び現在の位置に戻るというのが私の予測だ。聖フランチェスコの生きた時代から800年、地軸はいまでも振れ続けている。この塔は5000年後の観測を目標として建てられる。ピラミッドの建設目的が不明なのとは裏腹に、この塔は人類の無限への希求を表す象徴として50世紀後にあるはずだ。
杉本博司
Collection of the Treasure Island Development Authority.