ハーシュホーン・ミュージアム:ロビー改修

ワシントンD.C.
2018
観念の線 自然の線

美術館のロビーにはその美術館の建築およびコレクションの特質を象徴するようなアートが置かれるべきだと私は考えた。それは彫刻であり、家具であり、また観念芸術でもあることが望ましい。

ゴードン・バンシャフトにより設計され1974年に開館したこの建築は円筒をその基本形態としている。円はこの宇宙に遍在するもっとも基本的な形だ。恒星も惑星も円形で、その星たちが描く軌道も円形だ。その遍在する円は生命の形にも反映されている。私は巨大な植物の根が大きく円形に広がるその姿に魅了されて、この円をハーシュホーン・ミュージアムのロビーに生命力の象徴として据えることにした。

樹齢の推測もおぼつかないこの榧の樹の根の広がりを見ていると、私はその自然界の力が描き出す不定形の線の面白さに魅入られていく。大らかに円である樹形の根の細部は何の法則性もないかに見える線によって成り立っている。自然界には完全な直線もなければ、完全な円形もない。美術館の建築の円形は人間の脳が生み出した観念的かつ数学的に完璧な円形だ。その円形の内に自然のつくる円形を対置してみることは自然の形と観念の形を見比べてみるよい機会となる。

自然な円形の根の上には正円のガラスを置いて二分割した。その周りを飾る椅子には三次関数《Helicoid: minimal surface》からつくられた数理模型からその曲線の一部を取り入れてみた。ヘリコイドは螺旋であり、螺旋は生命の原基でもあるDNAの姿でもある。すべての芸術はそのインスピレーションを自然に内在する力から得てきた。数学もまた自然界の摂理と法則性を探求する過程で研ぎ澄まされてきた。「観念の形」と自然の姿、私たちの意識はその間で呼応している。

杉本博司